株価急騰・デフレ脱却、そして「賃上げ」 そんなに簡単ではありませんよ(会報3月号「主張」)

 3月、日経平均株価が史上初めて4万円の大台を突破した。新聞には「半導体関連株が主導する加熱相場は続き、市場はかつてバブル経済期にも到達できなかった未知の領域に踏み込んだ」と、小気味の良い文字が並ぶ。そして物価の上昇傾向を受け「デフレ脱却」を表明する検討に入ったらしい。その先にはもちろん、物価上昇を上回る高水準の「賃上げ」がある。

 医療分野においても「賃上げ」の実現は喜ばしいことである。厚労省も今次診療報酬改定において、そのための特例的な対応を行ったと強調しているが、その内容について医療界のおかれている現状との乖離を危惧する。今次改定では「物価高に負けない賃上げの実現を目指す」ことを掲げて、本体改定率(+0・88%)のほとんどをそれにあてている。初再診料や入院基本料の引き上げ(+0・28%)とともに特例的な対応としての「ベースアップ評価料」を創設(+0・61%)したが、この「評価料」による収入を看護師等職員の基本給の引き上げ(ベースアップ)に充てることで、2024年度に+2・5%、2025年度に+2・0%の引き上げるよう求めている。そもそも論ではあるが、我々の業界は人件費比率が高い。多くの領域がマンパワーに頼らざるを得ないからだ。製造業や卸売業、そして小売業に至るまで、人件費比率が40%を大きく上回る業界が少ない中で、医療界は60%前後とかなりの比率である。もちろん、一緒に働くスタッフに多くを還元したい気持ちに変わりはない。しかしながら、今次改定で「賃上げ」以外に回ってくるのはわずかに+0・18%である。連続するマイナス改定、そしてコロナ禍、医療機関の経営難は深刻だ。大きく疲弊しているにもかかわらず、今回も薬価引き下げ分を差し引けば実質的なマイナス改定だ。そのもとでの思い切った賃上げは、さらなる赤字転落の要因となる。

 また、政府による「医療DX」の推進が急ピッチで行われており、今次改定もそれを念頭においた改定項目が目白押しだ。医療機関同士の連携や医療と介護の連携など、デジタルツールを活用した情報連携が重要なテーマとなっている。医療機関は情報共有を行うための体制整備が求められ、電子処方箋や電子カルテなどの購入準備を行わなければならない。すでに指摘してきたが、医療DX化は医療機関にとってまちがいなく巨額な投資を伴うものとなる。今次改定で求めている「物価上昇を上回る高水準の賃上げ」の原資も、強引な設備投資に持っていかれる勢いだ。

 医療関係職種(医師・歯科医師を除く)の給与水準は一般産業の平均水準を下回っている。賃上げが急務であることは言うまでもないが、医療界の賃上げを阻害しているのは国の施策にあるように思えてならない。医療・介護の現場では、人手不足が表面化し経営にも影響を及ぼす現実を突きつけられている。「人手不足を補完するための『医療DX』だよ!」という声も聞こえてきそうだが、その前に賃上げどころか廃業に追い込まれかねない無慈悲な投資を求めているのが、国の施策だ。

 診療報酬本体の引き上げを行ったというのであれば、もっと自由度のある選択肢を設けて頂けないものか。賃上げもそうだが、医療DXを含めすべて一律に推進することに無理がある。医療界も、事業の規模・業況・人材の枯渇状況・資金繰り等々、一律に判断できない材料はたくさんある。取捨選択し、自らが責任もって最良の道を歩みたい。もちろんそこには「賃上げ」の選択肢もあるはずだ。(2024年会報3月号「主張」)