医師の働き方改革?(会報4月号「主張」)
今、色々な職種で労働時間の厳守が求められている。医師という業務においてこれは可能なのかと思う。私が研修医の時の術場での出来事であるが、午後5時になったとたん看護師が「時間なので業務から降ります」との一言でいなくなり、腹部を開いた状態で医師だけ5人残されたことがあった。その時は「お前、代わりをやれ」の上司の一言で看護業務をやらされた。また、2例続けての腎移植があった折、1例はICUで対応できるが、残り1例は満室だからそちらで見てくれと連絡があり、看護師もつかないままたった一人で全身管理、点滴等を夜通しやらされたこともある。翌日は当然のことながら、研修医としての外来補助業務がある。患者さんがいる限り誰かが働かざるを得ないのが現状だ。先日、研修医の女性医師が急きょ勤務地変更となったという話を聞いた。その研修医が新婚ホヤホヤであったためか、当初の勤務先の責任者から「当院は産休も育休もとらせる余裕がない」と大学側へ連絡があったことによるようだ。これは人権蹂躙? 女性蔑視? そんな言葉で片付けられる問題ではないと思う。
確かに過労のため倒れたり、亡くなった医師も何人か見てきた。そこに患者さんがいれば働かざるを得ないのは医師の宿命で、そうした教育を受けてきたと思う。それが当たり前とされた労働環境の中で、仕事に誇りと意欲を持った働き盛りの医師の健康を守るにはどうすれば良いのだろうか。医師の数を増やすことが何より重要だが、毎年のように引き下げられる診療報酬のもとで困難になっている。ならば、患者さんの診療を制限するのか。時間制限または人数制限など考えられるが、病気やけがは時間や計算通りに発症しない。まして病気やけがの患者さんにとってはその時点で不安は最高点に達しているのであって、たとえそれが軽症であってもすぐにでも診てもらいたいだろう。これに制限をかけることなど無理であることは目に見えている。
医師の時間外労働は法律上、他業種よりも長く認められており、救急対応の医療機関などは指定を受けることによって年間の上限時間は1860時間とされている。しかし、その場合であっても、月当たり100時間を超える医師がいれば、面接指導や就業上の措置をとるなど「追加的健康確保措置」を実施しなければならなくなっている。就業上の措置としては、連続勤務時間の制限や勤務間インターバルの規制などがあげられている。これまでは、宿日直の申請を勤務先が出せば、睡眠時間が取れていると判断され、夜中じゅう働いていなければ労働時間換算を短くされるようである。当直室でゆっくり熟睡した医師がいるだろうか。働き盛りの医師の勤務先は救急指定を受けている病院がほとんどだろうし、自分の専門以外の疾患を見ざるを得ない不安、判断に迷い真夜中に専門の医師を呼び出すことになってしまうストレスは計り知れない。これを他業種と同じように時間という物差しで十把一絡げに測るのは止めてもらいたい。
医療は患者さんが主体であり、その重症度、緊急性によって医師の労働内容が変わってくる。一生懸命働いている医師の健康は守らなければならないのは当然である。例外的に認められている時間外労働の上限(1860時間)も過労死ラインを大きく超えているのである。だからと言って医師の労働時間を作為的に短く換算するのではなく、本来必要とされる人員をどう確保するかを考えるべきではないか。十分な医師数が確保され、収入が保証されれば問題解決につながるだろう。改悪された研修医制度により僻地、地方から医師が消え、大学からの医師派遣もなくなって、診療科を廃止する総合病院もあちらこちらに出ている。医療訴訟の増加に伴い、訴訟リスクの高い診療科を希望する若い医者も少なくなった。医療という実態を踏まえて根本的な対策を考えてもらいたいものである。 (2024年会報4月号 「主張」)