マイナカード普及のための保険証の廃止などありえない

河野デジタル大臣が昨年10月に突然「健康保険証の廃止」を表明した。保険医協会では、国民にマイナンバーカード(マイナカード)の取得を義務付けるものとして一貫して反対をしてきた。法的にはマイナカードの取得は任意であるにもかかわらず、オンライン資格確認(オン資)の義務化がそうであるように、国会において何らの審議もなく一方的に国民に義務を強いる政府の手法は大いに問題である。
そもそもマイナカードの取得がなぜ法的に義務付けられていないのか。それは個人情報の保護とそのリスクに対して国として責任を負えない、といった現状からだろう。もともとマイナンバー制度は税と社会保障、災害対策の3分野での利用からスタートした。その際、制度のカギとなるマイナンバーに対しては厳密な管理が求められた。マイナンバー制度のもとで様々な個人情報が集められようとしているが、それはまさにリスクを集積するようなものであり、情報漏えいや不正利用が起きた場合には甚大な被害につながりかねない。したがって、マイナンバーが表記されるマイナカードの取得を国民に義務付ければ、そうしたリスクに対して国に責任が生じることはいうまでもなく、そのことを前提として法的には「任意取得の原則」をとっていると考える。つまり、国民がマイナカードの利便性と危険性を利益衡量し、自らの判断によって取得することで、国としての責任を回避する意向だろう。
情報漏えい等のリスクは、多くの国民の間にある不安や不満である。にもかかわらず、現状では何ら解決しておらず、そのことが国(政府)への信頼の欠如につながっている。だからこそ、マイナカードは普及しなかったのではないか。全国民にマイナカードを持たせたいのであれば法的に「取得義務」とすれば簡単だが、リスクへの対応が進まずそれができない中で、健康保険証を廃止してマイナカードと一体化したマイナ保険証とする手法がとられた。国民皆保険のもとで健康保険証を持たなければ医療が受けられないわけであり、実質的にマイナカードの取得を義務化したのである。利益衡量によって利便性を上回る危険性を懸念しマイナカードを取得しない国民に対して、「健康保険証廃止」という方針によってそうした利益衡量を無意味なものとしたのである。「ポイント付与」であればまだ利益衡量によって取得しないとの判断は可能であり、実際にマイナカードの普及は進まなかったが、命にかかわる医療と引換えではわけが違う。マイナンバー法の「任意取得の原則」はそのままに、「健康保険証の廃止」によって、いつの間にかマイナカードは運転免許証よりも広がった。
デジタル改革の推進は国の主要命題であり、そこには個人情報の集積とその利活用という大きな目的がある。そのためにも個人を特定する身分証明書たるマイナカードの普及は欠かせない。そのためには手段を選ばないといった姿勢だ。実質的な「義務化」に対しては世論からの批判もあり、形だけの「取得の任意性」を正当化するために、政府は「マイナカードを取得できない(しない)人でも保険料を払っていれば医療を受けられるように措置する」とした。新たに「資格確認書」を発行することが提案されているが、そうであれば、現行の健康保険証でよいのではないか。患者も医療機関も、健康保険証による受診で何も問題が起きていない。健康保険証の廃止とともに医療機関にはオン資確認が義務付けられたが、マイナカードを全国民に持たせるとの国の一方的な方針のもと、その手段として国民にとってなくてはならない医療が利用されることは看過できない。
多くの国民がこうした事態に戸惑っているはずである。健康保険証を「人質」にして、マイナカードの取得を強制することは許されない。安心して受診できるように、地域医療を守るためにも、国民とともに健康保険証廃止に反対の声を上げていく。そのために保険医協会では「健康保険証を廃止しないことを求める請願署名」を開始した。会員の皆さんの協力をお願いしたい。

(2023年2月)