「かかりつけ医」議論の行方

 昨年6月の「骨太の方針2022」に「かかりつけ医機能が発揮される制度整備を行う」の文章が掲げられて以降、過去に何度も繰り返された「かかりつけ医」論争が再惹起された。一部のメディアや財界、政党は医療費の抑制への期待から、あくまで「……制度整備を行う」を「かかりつけ医の制度化」と話をミスリードし、登録医制や人頭払い制の導入による医療費抑止効果を示唆し、開業医の反発と不安をかき立てた。
 昨年の11月には、健保連はかかりつけ医の制度・環境整備についての「議論の整理」を公表し、その中で医療機関の機能を明確化し、健康医療全般にわたる情報一元化とその調整機能を目指して、国民・患者が選択するにせよ、国民一人ひとりにかかりつけ医を一人登録し、公的に認定する制度を提案した。かかりつけ医機能の実績が一定基準を満たすとの条件下に、あくまで国民・患者の選択とは掲げてはいるが、保険者もその選択に関与するとし、登録医制度が医療の最適化と質の向上、医療機能の分化・強化と連携を図るため有用で重要課題だとしている。
 確かに日本と同様の社会保険による国民皆保険下にあり、比較的自由度の高い医療制度のフランスでは、2005年に16歳以上( 現在は6歳以上) のすべての国民にかかりつけ医登録の義務化が施行された。患者の自由意思によってかかりつけ医を選択し、疾病保険より送付される申請用紙に両者( 医師・患者) の同意・署名を返送するだけで登録が可能となる制度である。保険償還自己負担増によって国民一人ひとりに医療支出に対する責任感、コスト感覚を持たせることが目的で、いくつかの例外措置を置き、病院勤務医や専門医もかかりつけ医として登録可能な、比較的緩やかな「出来高払い」を維持した制度となっている( かかりつけ医経由と非経由の専門医受診では、自己負担率が違うのみで保険給付は可能)。ただ、日本と違うのは、フランスでは自己負担分についてもそれをカバーする共済組合形式の補足制度が発達しており、償還払いではあるにせよ、自己負担率は極めて小さいものとなっている。
 様々な議論を経て、かかりつけ医機能の制度整備などを盛り込んだ改正医療法は5月19日に成立した。法案ではかかりつけ医機能として、簡潔に言えば、①外来医療の機能、②休日・夜間の対応、③入退院時の支援、④在宅医療の提供、⑤介護サービス等との連携、を掲げており、かかりつけ医機能を持つ医療機関は時間外診療の可否等を、2025年4月より都道府県に報告することとなる。また、継続的な医療を要する患者に対して、患者が希望する場合には疾患名と治療計画等の書面交付が必要となる。結果的には最大の焦点となった、かかりつけ医の認定・登録制は見送られる形とはなった。現実的にはフリーアクセスに馴染んだ国民は、症状に合わせて複数のかかりつけ医を持っており、これを登録制の1医療機関に限定することは甚だ困難と想像されるし、もし登録医制を実行するとすれば、国民的な議論の中でコンセンサスを得てから行なわざるを得ないものと考えられる。
 今回のかかりつけ医騒動については、日本福祉大学の二木立名誉教授の論文に詳述されているが、個人の開業医が、かかりつけ医機能として掲げられた5項目全てを満たすことは容易ではなく、論文内で著者自らも指摘されているように、今回の法案には医師に対する将来的な規制強化につながる火種はまだ残っていると見る。達成困難な勤務医の「働き方改革」とのリンクもあり得、昨今の政府の強圧的な政治手法も懸念材料ではある。が、我々医師は激変する医療環境の中で研鑽を積みながら政策誘導には乗らず、患者さんとの信頼関係の中でかかりつけ医として選ばれ、機能していくことが何より重要である。医療費抑制のためだけに、他国の制度の単なる模倣である「かかりつけ医登録制」には断固反対し、今後のかかりつけ医制度の行方を注視していくしかない。

(2023年7月)