私たちからの訴え

不安を招く政治への「不信感」~秋の選挙を大きな転機に~

 この20年ほどの間に、この国の骨格が大きく崩れてきているように思う。国が国としての責任を放棄し、国民個々人に責任を押しつけるようになってから、それが顕著になったようだ。この国はもともと資源が乏しく、他国に依存しなければ成り立っていかない国である。知力を働かせ他国と協力し合い、競い合って戦後の日本を作り上げてきた。第二次世界大戦で資源不足を思い知らされてから、知力を駆使し身を粉にして、この国を世界第2の経済大国へ押し上げたのである。しかし平成になってから、どういう訳か、驕り、思い上がりが蔓延し、今のこの国の危機的状況を招いてしまった。一時期日本はアメリカ国債を世界で最も多く保有していた。ところが今は、アメリカ国債を最も保有しているのは中国である。それも圧倒的に。中国はアメリカの経済を左右できるほどの国債を保有しているのである。いつでも有事に備えられる、そう考えていても不思議ではない。
 いま国民は、オリンピック・パラリンピック(オリ・パラ)で沸き立ってはいない。新型コロナに感染しないだろうか、感染しても大したこと無いのなら、ちょっとお祭り騒ぎに便乗しようか……。そう思っている人もいるだろうが、多くの国民はこのコロナ禍に、ある意味戦々恐々としていると思う。オリ・パラ後どうなっているだろう? この不安を招く原因は何だろうか? それはひとえに不信感である。
 「ご飯論法」「きなこ餅論法」で相手を見下し、対峙しない姿勢を示す。これだけ信用できない政府がかつてあっただろうか? 安倍政権以来、嘘と欺瞞と隠蔽、そして徹底的に無視し排除することで作り上げてきた現在の政府の姿は、もはや国家の体をなしていないのではないか。現政権へ移行する直前に勃発したこの感染症は、なんとか誤魔化し国民の気をそらしてきた政府の化けの皮を徐々に剥がしている。この国は医療大国じゃなかったのか、医療者達は裕福じゃなかったのか、星○源の歌を聴きながら、素敵なリビングで優雅に紅茶でも啜っているんじゃなかったのか……。気が付いたら、PCR検査はできない、入院ベッドは無い、医者が足りない、で大騒ぎする……。これがこの国の医療の本当の姿だということを知らしめることになった。しかし、それでもまだこの国は医療や福祉に予算をかけようとはしない。あまつさえ患者の自己負担を増やし、保険診療の範囲を縮小する。患者の受診動向を規制する。マイナンバーを保険証に利用し、患者の個人情報を危険にさらす。オンライン診療を初診から行おうとしだす等々。如何にして社会保障にお金を回さないようにするかという政策ばかりである。
 人間の根底にある、自分よりも更に弱いモノを見つけ出し攻撃して行く精神(本能と呼ぶべきか)は、多くの年月を経ても変わっていないように思う。それどころか、今、権力を持つモノが持たないモノを見下し差別することに、全く躊躇しなくなっている。これは権力を行使するモノが変わらないからだろう。行使するモノが変わらないと、その下にいるモノ達が忖度しそれに従って行く。いつまでも頭が変わらないのであれば、その頭の言うことさえ聞いておけば良い。見られてまずいことは記録に残さなければ良い。記録があれば上書きすれば良い、または黒塗りすれば良い。最悪捨てれば良い。おかしな法律を作って
も、特定機密保護法のような奇妙な法律で隠してしまえば良い。政治やイデオロギーにさほど興味は無いとはいえ、さすがにこの有様はどうだろうかと思ってしまう。いつまでも頭が変わらなければ、この先ずっとこれが続いて行きはしないかと……。
 「忖度」「改ざん・隠蔽」が横行する政治を変え、医療・社会保障を守り、この国をもう一度立て直すためには、「権力を持つモノ達」を変える必要がある。この際変えてみてはどうだろうか?
 都合の良いことに、今秋までに大きな国政選挙が行われる。最大の機会ととらえたい。

(2021年8月)