私たちからの訴え

子育て支援について考える

 少子高齢化が進む中、2025年問題等が話題にされて久しい。政府も人口増加に向けて何とか対策を立てようと必死のようだが、何か別の方向を向いているようにしか思えない。
 著しい人口増加を起こした第1次ベビーブーム、これは昭和22年頃である。第2次世界大戦が終わり海外より兵隊が帰国、それまで男性の代わりに働いていた女性が職を失い家庭へ帰り、子作りに専念し始めたからであろう。第2次ベビーブームは、団塊の世代の子どもたちが大人になり子作りをしたために起こったものである。これは昭和46年頃であるが、この頃まだ女性が外で働くのは珍しかったと思う。
 しかし、第3次ベビーブームは起こっていない。第2次の子どもが大人になった時期は、平成の始めの頃に相当するはずである。この頃から景気は悪くなり、リストラや会社の倒産が数多く起こりはじめた。すなわち、子育てをするだけの経済的余裕が無くなっていたように思われる。そのため、結婚して家庭を持ち、子どもを作れなくなって来たのではないだろうか。また、家計を支えるために女性が外で働くことも多くなったように思える。男女2人が結婚して2人以上の子どもを作らなければ、必ず人口は減少する。今、人口減少に歯止めをかけるためにしなければならないことは、子育てできる環境を作ることではないだろうか?
 国は女性が働きながら子育てをできるようにと、保育所等の整備を進めているようだが、そうした環境整備も一つの重要な手段である。女性が働く上で子育てとの両立をどう図っていくのか、女性の社会進出が叫ばれる中で考えなければならない観点である。その一方で、働かなくてもいい環境づくりも求められると思う。子育てはそんなに生易しいものではないからだ。子どもが小さなころからそばに寄り添い、ミルクを与え、小さな変化に気配りを払うのが子育てではないだろうか。子ども嫌いと言っている私の妻ですら自分の子どもが自宅に帰ってくる日には、夕食の献立を必死になって考え、そして子どもが下宿に帰ると余った食材の処理料理がはじまるのである。
 女性は本来的に子どもを生み育てる能力を持っている。こうした力が外的要因により阻害されないようにする必要がある。目に見えるような格差社会、「お前の努力が足らないから経済的に苦しく、家庭が持てない」、「もっと働けばこれが買えますよ」と煽り立てられるような消費経済のもと、寒い夜のプラットホームに立つ女性駅員、レジで1日中立ちっぱなしで働く女性店員など、そうした過酷な労働から女性を解放することも、子育てをする家庭環境をつくるために必要なことだと思う。また、外で積極的に働きたいと思っている女性にとっても同様であり、子育てに専念できる環境はどうあるべきかを考えた場合に、男女ともに子育てに関われることが何よりも重要で、いつクビになるかわからない派遣労働から解放し、仕事に自信を持って働ける環境、堂々と子育てができる環境においてやることが必要だ。
 もちろん、男女は同権である。だが、同様ではなく、それぞれ別物である。そのことをよく理解した上で、少子高齢化対策に向かうべきではないだろうか。

(2018年11月5日)