私たちからの訴え

医療事故と訴訟

 治療は、医師・歯科医師の資格なしに行うと、患者さんへの障害行為である。したがって、無資格診療、故意による障害致死は論外だが、すべての診療行為は、結果が悪いと刑法、民法で提訴される可能性がある。医療訴訟の特徴は、刑法、民法、行政処分、マスコミやSNSをはじめとする社会的制裁と多様な罰が下される点である。それらはすべて別々の法(ルール)によって処断される。
 そのため常日頃、診療は医事紛争対策を意識して行われなければならない。医療保険には必ず加入する。治療は、有資格者で充分経験のある医師が行うべきである。患者さんの訴えをよく聞いて、真摯で穏やかな態度で丁寧な診察を心がける。治療方針はできるだけ学会のガイドラインや文献に広く周知の標準的な方針に従い、そうでない場合は、多数例に裏付けられた間違いの無い方法を選ぶ。できるだけ診療は家族の同席を求め、公開の姿勢が望ましい。カルテは必ずその都度整備する。常日頃緊急事態の対応は院所でマニュアルを定めて訓練を実施する。
 医療事故に遭遇したらできれば病理解剖をすすめる。できなくてもその間の心肺モニターを連続記録し処置、投薬を対応させて記録する。カルテは各裁判のもっとも大切な証拠となるもので、不正や改ざんが疑われるようなことが無いよう注意しなければならない。なるべく早く関係者で話し合って正確な記録をまとめて記載しておくのが良い。解剖ができなくてもAi記録と充分な量の血液を採取して冷蔵保存する。死亡診断又は検案で原疾患やその合併症など関連疾患で死亡したと主治医や当直医が判定すれば病死である。他の医師まして警察官などの判断できるものではない。もちろん検査や解剖の結果、経過の報告で後日「異状死の判断」が変わることもあり、規定の「24時間以内の報告義務」は、異常死と判断した時点でと解するべきである。主治医や当直医が、異状死またはその疑いがあると判断すれば、所轄の警察署に報告し警察官の検視のもとに検案を行い司法解剖を指示する。司法解剖の結果は、裁判になれば客観的な証拠として提供されるメリットがある。なるべく早く院内調査委員会で状況を調査し、記録を医療事故調査委員会に提出する。
 刑法の場合、過失致死障害や異常死体届出違反により提訴される。予見可能性の有無、結果回避義務が尽くされているかが検討され、医師・歯科医師有責と検事が判断すると起訴されることになる。
 民法の場合、刑法上の責任の有無にかかわらず、治療の結果が患者サイドに不利益をもたらしたと考えられたら、不法行為または債務不履行で裁かれる。患者の突然死に動転し同情から民法上有利に取り計らうため、刑法上医師側のミスがあったように陳述するようすすめられることがあるが、それは正しくない。刑法で有罪となると行政罰で医師免許状停止や、場合によってはその医師・歯科医師にとって職業上の生命を絶たれることもある。あくまで真実に基づいて主張すべきだ。民事訴訟は、刑事とはまったく別のルールで判断されるので、補償の判断は独立して下される。
 刑事事件でも民事事件でも裁判を決定するのは鑑定人の意見が大きい。もし鑑定人の意見が偏った意見であれば被告側の鑑定人を立てたり、文献を集めたりして対抗する。裁判でもっとも困るのは、検察官や裁判官、そして弁護士も医療に関しての知識が乏しく、あたかも「バベルの塔」のようにお互いの認識を共通に保つのが困難なことである。医師の我々と警察官、裁判官との間に言葉の翻訳をする役目を弁護士に担って貰わねばならないので、医療事故に慣れた弁護士を選任することが望まれる。裁判にあたっては弁護士や裁判官の教育はたいへん重要で、常日頃から臨床医会、医師会、保険医協会等では専門の弁護士などを養成していることが望まれる。向こうは「検事一体の法則」など国家権力をあげて医師の専門規範を打ち破ろうとするわけだから、我々も後輩医師・歯科医師そして国民の医療を守るためにも裁判で正しい判決を勝ち取ることが必要である。